マイケルボンドの経歴や生立ち…くまのパディントン誕生の理由は?

   


ちょっと寂しいニュースが飛び込んできましたが、どうやらあのくまのパディントンで有名な作者、マイケルボンドさんが召されたのだとか。

くまのパディントンと言えば、様々なシリーズがあり、特に子供にも人気ですが、改めて子供に読み聞かせなどをすると凄く良い作品だと気づかされる作品のようですね!

私も、小さな頃はくまのパディントンもそうですし、腹ペコ青虫・・・だったと思うのですが良く見ていた記憶がありますね、ただ感じにするとちょっとリアルなので、恐らく子供向けの本なので全て平仮名だとは思いますけどね!

さて、そんなマイケルボンドさん、御年91歳だったようなのですが、意外と作者の方の経歴やプロフィール、生い立ちなどは知らない人も多いですよね。

今回、微力ながらわたくし土屋が、しっかりと調べさせていただきました!

 

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マイケルボンドの生い立ち、プロフィールは・・・?

昔からくまのパディントンを書いている有名な作者だとばかり思っていましたが、それは当時は壮絶な経験をされながら、くまのパディントンにたどり着かれています。

1926年1月にイギリスのニューベリーと言う所でお生まれになられたようで、ロンドン郊外の教育機関で勉強もされていたようですが、当時は世界大戦真っただ中ということもあってか、勉強もおちおちしていられなかったようですね。

ただ、幼少のころから何かを作り上げることが好きだったようでラジオとか人形劇のセットを作ったり、バイタリティあふれる幼少生活を送られていたようですね、ちなみに14歳で中学卒業後に何と、法律事務所勤務をされていたというのですから、非常に頭が良かったのでしょうね。

そういえば、法律事務所で思い出しましたけど、最近報道が無いですが・・静観しているのには訳があるのでしょうか→小室圭は弁護士の見習い?仕事は銀行マンで東京都内の丸の内勤務?

私も、昔の方の戦争のお話を聞くと、中には小学校しか卒業していないとか、中学も途中までしか行けなかったという戦争経験者の方の話を学校で聴いたことがありましたから、恐らくマイケルボンドさんも、辛く厳しい時代を過ごされたのだと思います。

そして、マイケルボンドさんは予想通り、イギリス軍に従軍をされていたようで、そして終戦の1945年から短編小説を書きはじめ、小説家を目指す様になるようですね!

くまのパディントン (福音館文庫) [ マイケル・ボンド ]

 

 

マイケルボンド

 

マイケルボンドがキャノンでラグビー?

マイケルボンドと検索された方、ちょっと驚かれたのが、何故か「ラグビー」や「キャノン」というワードが出たと思いますが、御年91歳でもあるお方が、さすがにキャノンでラグビーはあり得ませんよね。

どうも私は、コンタクトスポーツが好きな分、これはくまのパディントンを書いた、作者のマイケルボンドではないとすぐにわかりましたが(笑)

ちなみに、ラグビーのマイケルボンドはセンター(CTB)で、トップリーグでもご活躍中ですので、是非応援してあげてくださいね。

こっちのマイケルボンドも個人的には好きなので、もしキャノンでラグビーをしているマイケルボンドをお探しだったあなた!ちょうど良いので、こっちの小説家のマイケルボンドも是非宜しくお願いします。

 

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マイケルボンドが書いたくまのパディントンの誕生秘話とは?

また、なぜ「くまのパディントン」なのか?と気になっている人も多いことでしょう。

くまのパディントンの誕生秘話としては、元々マイケルボンドが、クリスマスイヴの時に奥様であるブレンダさんへクリスマスプレゼントを渡したのですが、それが小さいくまのぬいぐるみだったそうです。

クマっていつの時代も好かれていますよね、私も中学生の時に好きだった子にUFOキャッチャーで取ってあげたのは、クマのぬいぐるみでしたね、一部周りの人から、クマの縫製具合が悪かったので、あまりにクマに似ておらず・・・ゴリラじゃないか?と言われていましたが(笑)

そして話は戻りますが、ロンドンのお店の棚にクマのぬいぐるみがおかれていたそうですが、それをかわいそうに思い、パディントンと名付けたようですね。

このパディントンというのは、当時ご夫婦が住まれていた近くの駅名だったようです。

ちなみに、今更ですが、くまのパディントンを知らないと言う人はいないと思いますが、念のためストーリーを紹介しておきますね(笑)

パディントンはイギリスのロンドンに住んでいますが、もとは“暗黒の地”ペルー出身です。
生後数週間後に起きた地震で孤児となってから、ルーシーおばさんと一緒に暮らしていました。

ペルーのリマにある老グマホームに入居することになったルーシーおばさんは、
パディントンをイギリスに移住させることに決めました。彼女はパディントンが不自由なく過ごせるように英語を教え、その後イギリス行きの船の救命ボートに忍び込ませました。
長旅を終え、パディントンはついにロンドンのパディントン駅にたどり着きました。
ここからすべての物語が始まります。

ブラウン夫妻との最初の出会いは、パディントン駅のプラットホームでした。
娘のジュディを迎えにパディントン駅へ来ていたブラウン夫妻は遺失物取扱所の郵便袋の陰で、
スーツケースにポツンと座っているクマに気づきました。そのクマは帽子だけかぶり、
「どうぞこのくまのめんどうをみてやってください。おたのみします。」と書かれた札を首から下げていました。

この簡単なお願いを断る理由もないブラウン夫妻は、ジョナサンとジュディの二人の子供と
家政婦のバードさんと一緒に住むウィンザー・ガーデン32番地にある自宅へそのクマを連れて帰りました。

ブラウン夫妻は、出会った場所にちなんで新しい家族の一員をパディントンと名づけました。
のちにパディントンのペルー語の名前はPastusoだということがわかったのですが…

と、ちょっと気になる内容でしょ!(笑)、是非マイケルボンドのパディントンを宜しくお願いしますね!

ちょっと、ナイツ的な締め方になってしまいましたが(笑)

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